うゆです。
中学の視力検査で12.0という圧倒的なスコアをたたき出し、ケニア国立マサイ西高校への推薦を勝ち取りました。
またランダムワード。
選択することのリソースをコンピュータに委ね、私はもはやコンピュータの敷いたレールを走るコンピューター電車の運転手さんである。(choo choo ガタゴト♪)
ランドセルは紺色だった。
なにもその色が好きだったわけではない。ほかの色が嫌だったのだ。近頃昼下がりの町内を歩いていると、様々な色のランドセルを背負った小学生たちが元気に走って家路についている場面に出くわすことがある。茶色とか水色とか、果てはライトグリーンのようなものまで。ほんの10年かそこら経過しただけなのに、子どもたちの常識というものはこうも急速に変わってしまうものなのだと思う。私のころも今ほどではないにせよランドセルのカラーヴァリエーションはそれなりに存在した。ただ、当時はれっきとした男の子だった私が選ぶことのできた色は黒や青というあたりが関の山で、ピンクやパステルブルーといった華々しい色は基本的に女の子のためのものだった。別にそのときの私がそのことに特段羨ましさのようなものを感じることはなかったが、黒か青かという選択肢には少々頭を抱えたのも事実だった。
だいいち黒というのはあまりに平凡すぎるような気がしたし、質朴として、遊びがないと思った。私は幼心に「be witty/洒脱であれ」なんて精神性を気取っていたから、そのような印象を持ってしまった以上、黒のランドセルが欲しいなんていう気構えにはさらさらなれなかった。かといって青というのもなんだか自分にしては爽やかだと思った。一点の曇りなき快晴のように玲瓏な青色を背に煌めかせつつ学び舎へ進軍する洒洒落落な小学生像なんてネクラな自分には似合わない、洒脱ではありたいが高慢ではいたくない。微に入り細を穿ち自己意識の一切に先回りして保険をかけようとする偏屈な少年はそのように思って青色のランドセルを拒否してしまったのだ。またそれでは、ということで、できることならブラウンやパステルカラーのランドセルを使ってみたい気持ちもあったが、いじめられるのが明らかなのでそれは論外であった。そのようにして選択肢を一つ一つ否定していった結果、私の前にもはや道はなく、親や販売員共々七面倒な餓鬼の自意識のどん詰まりにほとほと困り果て、いよいよイトーヨーカドーの特設販売コーナーの床に座りこんでしまおうとしたとき、販売員が苦肉の策で私に提示してきたのが紺色なのであった。それはまさに救済の一手、喉笛を今にも噛みしだかれそうになった草食動物が、刹那身を捩って死神の鎌をすり抜けるときのように、詰みを目前にした棋士が一転目を見張るような鮮やかな一手を盤上に叩きつけるときのように、それは希望に満ちた、目の覚めるような圧倒的提案だった。そして私は、というより色なんて一刻もはやく決めてしまいたい親が、平凡でなくそれでいて気取りすぎてもない絶妙な色合いの選択肢に遮二無二飛びつき、なし崩し的に私のランドセルは紺色という形に収まったのであった。
今なら何色を選ぶか、という問いがあったとしたら私はおそらく同じように紺色を選ぶだろう。スレているが小心、かつ根暗で卑屈という妖怪じみた性格をした人間である私にとって、それ以上に理想的な選択肢は今に至ってもそうそう現れてこないだろうからだ。
中学生に入学してまもないころは部活の荷物を入れることを見越してUMBROの大きなエナメルバッグを使っていたが、それが学生特有の気狂いじみた荷重積載によってあえなくちぎれてしまうと、私は一念発起してストライプの可愛いリュックサックを購入することにした。だいたいこんな感じのものである。
私が通っていた中学は公立の中高一貫校で、一学年80人と非常に人数も少ないため3学年丸ごとの交流が深く、ほとんどの生徒が顔見知りといった状態だったから私のキャラ付けも大抵の人が把握していたように思う。だから当時から自意識の牢獄に絶賛服役中であった囚人番号n番の私も、他の生徒から奇異の目で見られるというような恐れを克服して、少し可愛げのあるデザインのものに挑戦できたのだ。幸いこれは様々な生徒から好評を博し、私のことをすぐに認識して挨拶してくれる人が増えることになった。しましまリュックで登校していつも再試を受けているお洒落なカスといったところであろうか。
ここまで私のカバン史についてつらつらと駄文に駄文を重ねてきたわけだが、秋葉原で働くようになってからカバンに関して新しく得た気づきについてひとつ書いておこうと思う。
これは何も秋葉原に限った話というわけではなく、単に秋葉原だと目立つと言うだけの話なのだが、人がカバンにつけているストラップに関する気づきである。
上へ向かうエスカレーターに乗っているとき、大抵の場合前の人から一段空けて乗るため、ちょうど前の人のカバンの下半分くらいが目の前に突きつけられるかたちになる。そして、その人がカバンに何かストラップやマスコットを提げていた場合、それはエスカレーターが下から上に昇りきるまでの間、私の目の前でぶらぶら揺れ続けていることになるだろう。
基本的に、人間とはそもそもが狩猟採集民族であり、手近にある収穫できそうなものは本能的に奪取するよう遺伝子によって習慣づけられている。現代における食文化の異様なまでの多様化はその本能の気の遠くなるような蓄積の果てにあるものだろう。先祖はバナナをもぎり、エビを素早く捕らえ、風に揺れる稲穂にそっと口付けしたのだ。それは原初より人間の本能であった。しかして、目の前にぶらぶらと揺れるマスコットがあった場合、私の人間としての本能はそれをとにかく収穫してしまうよう強く苛んでくるのである。
安心していただきたいのだが、もちろん私はそんな恥知らずなことはしない。それはれっきとした窃盗であり、一種の謎めいた痴漢であり、人間を理性的生物たらしめる社会秩序に風穴を開ける愚にもつかないインモラルに違いない。私は見ず知らずの他人のマスコットなんて欲しいとは微塵も思わないし、自分のが取られるのも嫌だ。しかし、それでも私の妄想は捗るのだ。「仮にエスカレーターで前に立った人のストラップを盗む専門の泥棒がいたら?」。無意味だからこそ面白い。例えば、かつて住宅情報検索サイト「スーモ」のマリモのような姿をしたキャラクターの人形を16体も盗んで逮捕された男がいた。袖ビームや橋名版なら換金目的として理解はできるのだが、スーモに関しては全く意味がわからない。「癒されたかった」と供述する男の本心は誰にも覗くことはできないが、彼の中にはスーモを盗むに至る彼なりの思想体型が確かに存在していたはずなのだ。それならば、ストラップばかりを盗むような人間がいてもおかしくはないだろう。
盗むのは簡単だ。エスカレーターの利用中なんて、誰もなんにも見ちゃいない。こと自分の視界は肉の壁によって隔絶されたスペースとして完全にパーソナルである。そこで袖口に隠し持ったハサミを静かに取り出し、視線はあらぬ方へ外したまま、刃先をそっとマスコットとカバンとを結びつけている唯一の絆たるストラップへ延ばす。
持ち主とものとが永遠に切り離されるひとつの絶縁を知らせる乾いた音は、しかし駅の雑踏の中に溶けてなくなってしまう。彼は誰にも知られないまま何食わぬ顔で切り取ったマスコットをハサミと一緒に袖口にしまい、不幸な被害者とは逆方向に歩き去っていく。被害者はきっと電車に乗ってどこかへ向かうだろう。彼はどこへも行かないのに。誰もがある目的地のために忙しく駆け回る駅の中で、彼だけが今たったひとりで昇っては下るベルト・コンベヤの循環する閉じた目的の中に確かな充足を見出している。
彼は孤独ではなかった、正確にいえば、そう思おうとしていた。かつてホームレスだった彼は、都市の道端に昼夜座り込んだまま、無数の靴がひっきりなしに道を行き交う様子を日がな見続けていた。停滞は呪いだった。じっと座って動かず、目的すら失って時間のはぐれ者となったときの気持ちを知る彼にとって、たとえ無意味にせよ、とにかく何らかの目的のために足を動かしているという感覚には確かな満足感があった。家族も、友人もいなければ、恋人すらできたこともなかったが、彼はそういった一般的に幸福とされる繋がりのようなものにもはや希望を持つことすらなくなっていた。もしかしたらひとつ、彼にとってこの無意味に繰り返される窃盗には自分を切って捨てた公共性へのささやかな復讐の気持ちも含まれていたのかもしれない。誰かのカバンのストラップを切断するたびに、彼は彼自身をもまた幸福な生き方の可能性から切断しているのだ。
家に帰って机の引き出しを開ける。そこにはこれまでに盗んだストラップたちがぎっしりと、恐らく100個以上も詰め込まれている。うさぎのぬいぐるみ、キティちゃんのご当地ストラップ、ドラゴンソードのキーホルダー、それからアニメキャラクターのアクリルチャーム。「袋田の滝」と書かれた勾玉型の根付は薄汚いリュックサックを背負った高齢女から奪ったものだ、それからこちらのエビフライの形をしたぬいぐるみは本来若いカップルの男のものだった…。
彼の引き出しは、つまり世界のどこかにストラップと同じ数だけの喪失が、当惑が、悲愴が生まれたことを示していた。突如無意味に寸断された物と人との絆。物に蓄積する記憶、すなわちストラップをはじめてカバンにつけて出かけた日の高揚やよそよそしさ、それが日増しに汚れていくことへの哀愁、それをきっかけに交した友人との会話。それらは今や全てが男のおぞましい復讐心と狂疾に満ちたかびくさい引き出しに収監されているのだ。彼はいつかこの引き出しがいっぱいになったら部屋ごと火を放ってそれらをまるきり消し炭にしてしまおうかと考えている。それらが男自身の記憶たる部屋を巻き込んで一度に燃えてしまうとき、男は消失というただ一点においてストラップに蓄えられた記憶と一体になることができるのだと信じ込んでいるのである。
と、こんなストーリーがあっても面白いのではないかと、私はなんの身にもならぬくだらない妄想に脳みそを回転させつつ今日も秋葉原の街を歩くのである。そんな私のトートバッグには、今ちさとの証明写真がつけられている。
【今日の一曲】