超絶可愛い女装メイドの居るお店
男の娘カフェ&バー NEWTYPE
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10/9 ヨギボーのビーズクッションの秘密③

うゆです。

ベジータのインスタを見つけました。昨日はブルマと外貨交換に行ったらしいです。

 

 

続きです。



「言いすぎたかもしれない」

 

 

沈黙の乾いた一本線に、点をひとつ穿つようにして、彼女がぽつりと呟いた。その目は少しだけ赤かった。私のカップがまた空になって、館長を見ると、館長はやはりおおらかに笑ってコーヒーを注いだ。すでにコーヒーは冷めて少し酸っぱかったが、これはこれで悪くないと私は思った。

 

 

「標本を集めるというのはですね、きわめて傲慢な文化でもあると、私は実のところ思っています。」

 

 

館長は言い訳めいた調子もなく、顎髭を撫でながら半分独り言みたいに語り出した。

 

 

「私が昆虫に興味を持ち始めたのは8歳の頃です。父に連れられてハイキングへ行った山で、偶然美しい色のカミキリムシを見つけたのです。それがまさにルリボシカミキリ属の個体でした。それからは学校が終わるたびに野原や山へ繰り出して昆虫を捕まえ、観察しました。生まれは新潟でしたから、冬はともかくそれ以外の時期なら最終場所には事欠きませんでした。はじめは観察し、スケッチして、ときにそのまま飼い続けることもありましたが、大抵もとの場所へ返していました。そんな私が標本制作に打ち込むようになったのは中学に上がってからのことでした。同級生が自由研究で製作してきたのを見て強く惹かれたのです。今まで必死になってスケッチしてようやく留めておいた昆虫たちの美しい姿を、標本にすればずっと留めて、手元においておける。私は同級生からやり方を習って、採集したものを今度は標本にしてコレクションにするようになりました。残酷だとは思いませんでした。失われてゆくものこそが美しいのだと、そのように手放しで思えるほど、そのときの私は成熟してはいませんでしたし。いや、それは今も同じかもしれない。」

 

 

館長は少し照れたように言って椅子に深く座り直した。

 

 

「しかし、標本づくりなんて繊細な作業に、ただ虫が好きなだけの素人の中学生がいきなり挑戦したところでうまくいくはずがありません。私は何度も失敗しました。捕えてきた虫は、餓死させたり、袋に入れて窒息死させたり、冷凍庫で凍死させたりします。しかし、そのときの処理が甘いと、あとで針を刺したときに動き出したり、死骸からまた虫が湧いたりすることもあるのです。あれはひどい光景です。私は熱病におかされると、引き出しに入れておいたはずの死骸から夥しい数の蛆が湧き出してきたあのうだるような夏の日の光景を今でも夢にみます。私の脂汗が滴るたびに醜く身を捩って蠢く乳色の肉塊。殺された虫の怨念が丸々と太ったあのおぞましい幼虫どもに生まれ変わって、いつか巨大なウマバエの怪物になって私を食い殺しにくるのだと、そのような恐ろしい幻視に毎回取り憑かれるのです。」

 

 

部屋の外にはやっぱりなんの物音もしなくて、本当にこの部屋だけが外の時間から切り離されてしまったかのようだった。その錯覚は一方ではある種の安らぎをもたらしてはくれたものの、やっぱり私にはひどく切なかった。常に誰かのペースで生きていかなければならないのは疲れるが、本当にひとりぼっちになるのは怖い。

 

 

「高校にあがって間もない頃のことでした。今日よりもっと冷える冬の日です。週末、私はいつものように近くの山まで、積雪をふみしめふみしめ昆虫採集に行きました。そのときの私にとって、山はレコード屋さんのようなものでした。出かけるたびに新しい発見があり、目当てのものを見つけることの喜びと、逆に逃してしまったことの悔しさが毎回あるのです。その日は本当に寒かったですから、普通に歩いているだけではもう虫の姿を見つけることはほとんど不可能でした。彼らはさまざまな姿で冬を越します。卵を産んで次世代に種をつなぐものもあれば、成虫のまま寒さを凌げるところで必死に耐え抜くものもあります。私の狙いは後者でした。キンカメムシの仲間が、成虫のまま冬を越しているのを捕まえたかったのです。ですから、枯れ木をめくったり、雪を掘ってその下の葉々をそっと散らしたり、文字通り草の根をかき分けるようにして探さなければなりません。しかし彼らを見つけるのは至難の業でした。私の地域ではそもそも個体数が限られていたうえに、その年は厳冬で、シベリアから猛烈な勢いで上陸する気団が毎日強くふぶきました。ですから本当は冬の山、それも雪山へ行くのなんて言語道断なのです。まして高校生がひとりでなんて、今思えば全くもって命知らずだ。しかし若さはときに向こう見ずな高慢と結びついて信じられないような行動へと少年を追い立てます。まさに私がそうでした。私はルリハムシを探して何時間も歩き続けました。寒さも忘れて、山の奥へ奥へと踏み入って。気づいたときにはもう日も暮れようとしていました。高木の枝々のまだらに交差した先に見える空はもう夜の色でした。梢はすでに闇に飲まれて見えなくなっています。そして私はそこで、自分がもう戻りがたいところまで来てしまったのだと、自分のまだ知らない自然の領分へと足を踏み入れてしまったのだとようやく気づきました。特に山中では、夜になるのは一瞬です。その日のうちに家に帰るのも無理そうでした。仲間を呼ぶ鳥の声が遠くに聞こえ、澄んだ空気を高く揺らしていました。徐々に風が出て、口笛のような音や木々の揺れる音がぼうっと光る白銀の底から鳴り渡っています。私は何もかもから放り出されたような気持ちになって、自分の大切にしていたものが途端に少しも意味をなさなくなったことの絶望感に身をすくませました。とにかく、夜の山で人間なんてあまりにも無力だ。寒さだけでなく、暗闇そのものの質量、そして無数の獣たちの気配。採集に必要なものを除いてろくな装備も持ってきていなかった私には生存すらも困難なように思えました。私は取り乱し、みぞおちがからっぽになったような感覚に胸をかきむしりながら、もと来たはずの道へとりあえず走って引き返しはじめました。どれくらい歩いたでしょうか。とうとう体力の限界が来て、私はやむなくその場に座り込みました。靴の中は溶けた雪でびしょびしょです。そこが山のどのあたりなのかも分かりません。途端に寒さが四方八方から私を取り巻き、死そのものの温度で私を抱きすくめます。雲ひとつない藍色の夜空に星々がいっぱいに広がってそれはそれは素晴らしい眺めだったのを覚えています。私は今日死ぬのだと思いました。誰の目にも留まらず、向こう見ずな好奇心の果てに迎える愚かしい終幕。実にありふれた話でしょう。そのときの私もそう思って自嘲気味に笑いました。しかしそのようにして一旦気持ちを落ち着けたからでしょうか。そこで私はようやくリュックの中に数本のマッチを入れていたことを思い出したのです。これで暖が取れるかもしれない。飛び上がりたいような気持ちでマッチをとり出し火をつけました。蕾のような弱々しい紅色にかじかんだ自分の手先と、無機質な白色をした地面が暗闇を押し除けてぼうっと浮かび上がりました。肩にかけていた虫カゴの中にはその日採集していた虫が枯葉や枝に紛れて何匹か蠢いているのが、薄明かりのもとでわかりました。私が走ったせいで激しく揺さぶられて少々弱っていましたが、まだ健気に生きていたようです。私は彼らを放してやることにし、カゴの蓋を開けました。彼らが隠れやすいように手頃な倒木を見つけて少し転がします。そのときでした。マッチの火に一瞬照らされるようにして、自分がこれまで必死になって探し求めていたまさにあの虫の鮮やかな緑色が倒木の隙間に光ったのを、私は確かに見つけたのです。目を疑いました。マッチの火を近づけます。そしてそこにいたのは、紛うことなきあのキンカメムシのコロニーでした。あわれっぽく身を寄せ合い、密集して暖をとろうとする小さな生き物たち。なんという運命の皮肉なんだろう。あんなに探していたはずのものが、いまやもうどうでも良くなってしまったあとでようやく見つかるなんて。勢い任せにマッチを放りながら、そのように思いました。困惑したし、悲しくもありましたが、なによりひどく腹立たしく思ったのを覚えています。私は心の底から叫びました。シカだとかクマだとか、あるいは幽霊だとか、そんなことはもはやどうでも良くなって、叫び続けました。長いことそうしていました。喉がひりついて、眼球がこぼれ出してしまいそうでした。しばらくして不意に叫ぶのをやめると、私は次のマッチを擦りました。火の揺らぐのに合わせて、鮮やかな緑色もちらちらと瞬いています。そして、今でもなぜ自分があんなことをしたのか、具体的な説明はできないのですが、私は何も言わずにカメムシのコロニーが眠る倒木にそれを落としました。火は樹皮に燃え移ってジリジリと燃え広がりました。表面を焼きつくし、やがて内部へ到達して勢いを増すと、コロニーを丸ごと飲み込み、さらに素晴らしい勢いで燃え盛りました。もはや倒木は一つの巨大な火柱と化し、あたりを真昼のように煌々と照らしていました。火はパチパチと小気味よく爆ぜ、上方に向かうなめらかな黄褐色の流れとなって、喜びに満ちた生物のようでした。その豪胆で優美なゆらめきを見ているうちに、やがて私も踊り出したくてたまらない気持ちになって、知らず知らずのうちにステップを踏み、手を叩いて、「ホーッ、ホーッ!」と掛け声をあげていました。雪中の巨大な炎が濡れた衣服を乾かし、踊り狂う私の顔面をチリチリと焦がし、キンカメムシたちの魂を空に昇らせていきます。「ホーッ、ホーッ!」私は気狂いじみた獣のように吼えながら、こみあがってくる言葉にならない衝動に身を預けたまま、腕をしっちゃかめっちゃかに動かし、足を振り上げ、髪を振り乱し、服を引きちぎり、雪を跳ね散らし、木々を殴りつけ、夜空を抱きしめようと何度も飛び跳ねました。そこには原始的な喜びと純粋な豊満感ばかりがありました。冬山の孤独な燔祭は、そうして私が疲れ切って気を失うまで続きました。次に気がついたとき、私は病院のベッドの上でした。あの日から丸3日経っていました。どうやらあの夜、両親の届出を受けて私を捜索していた消防団の一人が、山中にただならぬ様子で燃え盛る炎の存在をみとめ、そこへ駆けつけたところで私を見つけたということでした。私は、私が無為に荼毘に付したキンカメムシたちの魂の光によって、今日まで生き延びているのです。大学で昆虫学を学び、博士号まで取って、いくつも論文を書いてときに表彰されて…。果たして私は虫たちに罪障感のようなものをわずかばかりでも感じているのでしょうか?それはわからない。しかし、あの事件があった後でも私はなお昆虫に純粋に魅せられ続けている。お嬢さんの言うように、標本という形で彼らの美を窃盗し、価値をつけ、身勝手な取引を繰り返している。あまりに傲慢すぎると思うでしょうか。私は昆虫の固有の美に取り憑かれてしまった。崇高であり、狂信的な美への憧れです。しかし、私はもうそれをいちいち気にしていることはできないのです。」

 

 

私は館長の過去に引きずり込まれるようにして、自分の体から少しづつ実在感が失われていくのを感じていた。過去の語りは、決して小さくはない質量を携えたものとしてときに空間をすっぽり包み込み、ときに巻き込まれた人の内面をまるきりつくり変えてしまうことがある。しかしもしその語り手が世界への憎悪や狂気に基づいて物語を編んでいたのだとしたら?きっとそれは凄まじい力を持った洪水となって私たちの心の中核を溺死させ、完全に損なわせてしまうだろう。だから小説にしろ映画にしろ、あるいは宗教の教義にしろ、私たちはそれが完全なる善意によって作り出されたものであると信じるしかない。

 

 

「人間として生まれた以上、窃盗者として生きるしかないのだと、私は思います。他のどの生き物とも違います。自分以外の何かに憧れを抱き、ときに他者から必要以上のものを奪い取ってしまうのは、人間だけのことです。もちろん窃盗は罪です、しかしその宿命的な罪から逃れ続けようとすれば、私たちはいつか人間ではなくなってしまうのではないでしょうか。だから私はいつしかそれをしかたないと思うようにしたのです。どうせ奪うしかないのなら、せめて必要以上のものは奪わないようにしよう、そういうふうにね。今そちらで製作している標本は、この施設で生体として寿命を迎えたルリハムシの遺骸です。なるだけ丁寧に世話をさせてもらった代わりに、美しい姿をとどめておいてもらう。窃盗者の傲慢な考えだと思います、しかし、それが人間として生きるということなのです。私はただ長く生きてきただけで、別に人生のことをあなた方より知っているわけではありませんし、女性のことはなおのこと分かりません。だから、これが必ずしも真理というわけではありません。ですが、私なりの答え、と言うより、そう、折り合いの付け方のようなものですね。それだけは、少しだけ知っておいてほしいと、これも傲慢ですがそう思います。」

 

 

館長は困ったように笑って肩をすくめた。カップは空になっていたが、彼はもう注いではくれなかった。

 

 

続く

 

【今日の一曲】