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10/7 ヨギボーのビーズクッションの秘密①

うゆです。

フリーハンドで正2角形を作図することができます。見たい方は持っているだけのお金を出してください。

 

今日は検索履歴の3番目くらいにあった「ヨギボー」という言葉をもとに文章を書きました。ヨギボーをお持ちでない方はヨギボー購入のご参考に、お持ちの方はヨギボーの良さを噛み締めるために、この文章を読んでみてください。

なお、現時点で10000字くらい書いて終わっていないので、どのくらい続くかは分かりません。

 

 

 


 

 

彼女の母さんは朝から晩までヨギボーの工場で働いていたから、その手からは常にビーズの匂いがしていたという。ビーズの匂いが一体どんなかってそんなこと私には到底知る由もないのだが、とにかく彼女は母さんにとても愛されていたのだと、それくらいのことは私にだって分かる。彼女には父親がなく、母さんからは彼が「蒸発/evaporated」したと聞かされていたから、彼女は父親がある日突然ジュワっと、微かな煙のようなものだけをせめてもの存在証明として残して消え失せてしまったのだと、長いこと思い込んでいた。母娘二人で生きること。私はいつだか阿佐ヶ谷のうらぶれたライブハウスで偶然隣に座った女から、女がたった一人で女を育てあげるのがとりわけ難しいことだと聞いたことがある。

 

「母親はいつしか娘のように、娘はいつしか母親のようになって、そのうち家族であることさえもやめてただの2人の女に戻ってしまうの。

 

 

普段は勤勉な郵便配達員をしているというその女の言うことを信じるならば、彼女の母さんは彼女をとてもよく育てあげたと言って差し支えないと思う。工場の賃金はとても高給とは言えなかったはずだが、母さんは彼女を一人前の女性に育て上げるための苦労を厭わず、文句のひとつも言わずに朝から晩まで粛々と働き続けたので、彼女は特に大きな苦労もせずに中学、高校と進み、厳しい受験勉強の末にとうとう私立の名門大学への入学を果たした。

 

 

1年目、彼女は母さんの期待も背負ってとても真面目に勉強した。法学部に入学した彼女は、必修科目として履修した歴史法学に大変な興味を持ち、2、3の実に見事なレポートを執筆してひとまず優秀な成績を収めた。本来の性格もあったのだろう、彼女は優秀であり続けることを少しも苦しいだとか面倒だとか思うことはなかった。

 

 

2年目、彼女はやはり教授にとっても他の生徒にとっても非常に勤勉な生徒であり続け、もはや当然のこととして学部内でも最も難関とされる名門ゼミへの進級を決めた。この年の夏休みに彼女はジミ・ヘンドリクスのサイケデリック・ロックに強い衝撃を受け、その日のうちに家庭教師のアルバイトでつくった貯金をはたいて水色のギターとでかいエフェクターを購入した。彼女の部屋からはしばらく、たどたどしくもひとひらの確信をも滲ませるエフェクターの唸り声がひっきりなしに漏れ聞こえていたが、このようなロックへの傾倒は彼女のひたむきで愛に満ちた学生生活に少しの影も落とすことはなかった。

 

 

3年目の前期、彼女は初めて単位を落とすこととなる。それも、彼女が最も興味を持ち、それでいて傑出した才能を示していた歴史法学の授業でである。成績表を見た母さんは一瞬呼吸の止まるような衝撃を覚え、それから眉をひそめたあと、成績表のハガキを真っ二つに引き裂いてゴミ箱に捨てたが、そのことについて彼女に何かしら問いただすようなことはしなかった。母さんは彼女を根本的に信じていたし、実際彼女には信用されるに足る長年の実績があった。彼女はこれまでも問題のひとつも起こすことなく母さんの期待通りの結果を出し、母さんが彼女にとって常に良い母親であったように、彼女も母さんにとって常に良い娘であり続けようとしていたのだ。今さらほんの一欠片ほどの過ちがあったところで、一体何を心配することがあろうか?一瞬の混乱の後、母さんはそのように思い直したのだった。実際、後期には彼女は全ての単位の最高評価における取得を果たす。

 

 

そして4年目の夏、彼女は大学を辞めた。

 

 

 

 

今でも彼女は私にさえその理由を決して話そうとはしないが、揺るぎない事実として彼女は大学を辞めたのだ。それから間もなく彼女は家を出、細々とした一人暮らしを営みながら都内でいくつかのアルバイトを転々としたあと、高品質のソフトビニール人形を完全に国内で生産する老舗企業の企画部に正社員として入社し、そこで私と出会った。これといった友人もなく、あれ以来母さんとは連絡のひとつもとらず、固定的な交友関係を持とうとしない彼女が例外的に私と友人としての関係を築いたのには、ひとえにジミ・ヘンドリクスへの共通する偏愛の存在が大きかったはずだが、それに加えて私が彼女と同じかそれ以上に孤独な人間であったことが理由として挙げられるだろう。私も彼女ももはや家族という家族を持たず、基本的には誰のことも信じないまま、日々ソフトビニール人形の新作設計の仕事に黙々と従事していたのだから。

 

 

ただ、ひとつだけ言い添えておくなら、彼女は決して自閉的な人間ではなかった。必要なときにはきちんと人に応対し、相手の気持ちを慮り、良好な関係が維持されるよう細心の注意を払うことができた。もちろん仕事は真面目にこなしていて、職場の人間関係への気配りを欠かすこともなく、そのおかげか聞いた限りでは彼女に関する職場の評判も上々といったところのようだった。

 

 

それなのに彼女はその内奥に根本的に固く閉ざされた重厚な扉を隠し持ち、それを開かせないばかりかノックすらさせたくないかのように、自分に対して一定以上の親密さを求めてくる人に対してときに冷淡すぎるほど冷淡に振る舞うことがあったし、その徹底ぶりときたら職場の人間の誰もが確実に彼女を好いているというのに、一人として彼女を「さん」をつける以外の呼び方で呼ぼうとはしないほどだった。バスタブに張った生ぬるいお湯の奥にまだ鳥肌が立つほどの冷水が留まっていたときのように、人々は皆勤勉で親切な彼女の内側について並々ならぬ興味を持ちながら、しかしその奥に保持された絶対的な孤独を垣間見ては慌てて彼女から離れていくのだ。そのようにして、私の出会った彼女は真っ当な社会人のヴェールを上手に纏いながら、しかしどこからどうみても孤独な人間だった。

 

 

出会って2年目の秋のことだ。私たちはかつて市民図書館として建てられたが、新館の建設に伴って閉館してからは地元の篤志家の手によって昆虫博物館へと作り替えられたという、モルタルで塗り込められたみすぼらしい二階建ての建物を訪れた。それは私たちにとってもはやなんてことのない数多あるお出かけのうちのひとつだった。そこへ行こうと言いだしたのは私だったが、その存在をかつて私に教えてくれたのは彼女だった。彼女は人混みが得意ではなくお出かけのときはきまってひとけのない場所を選ぶのが常で、したがってこの昆虫博物館のように多くの人にとっては退屈極まりない地味で古風な場所には詳しかったのだ。私たちは1時間のうちに4回も電車を乗り換え、それから釣り銭の出ない不親切なボロの路線バスに30分も揺られてようやく博物館に着いた。

 

 

別に私たちは面白い昆虫の生態について興味があるわけではなかった。ただひとけのない場所に2人きりでいられさえすればそれでよかったのだ。それでも私はインターネットでこの昆虫館に関する数少ない情報を集め、かろうじて二人が興味を持てそうだと思えるような事柄を予め調べておいた。

 

 

「今の館長が日本原産のカミキリムシの生態で博士号を持っているから、カミキリムシの標本の展示数でいえば国内有数らしいわ。」

 

 

「ふうん」

 

 

「あと、トイレの男女表示がカブトムシになってるんだって。でも、カブトムシのメスってゴキブリみたい。」

 

 

「そうね」

 

 

彼女は私に対していつもこんな感じだった。私の指し示す大抵の物事に興味を示すことがないように見え、素っ気ない反応を見せるばかりなのだが、実際にはあとになってもそれらの内容をよく覚えていて、私さえも忘れてしまったころになって彼女が改めて同じ話題を掘り返してくることも珍しいことではなかった。だから私も彼女の反応には慣れっこで、たとえ一方的に話し続けるようなかたちになっても、私は少しも気にすることなく思いついたことを手当たり次第に口に出すのだった。

 

 

私たちは受付で1人600円づつ出して入場券を購入した。受付のとなりに「おひとつどうぞ」と書かれた缶入りの飴があったのでふたつとってひとつを彼女に渡し、ひとつを口に放り込んだ。飴のもったりとしたミルクの味が館内のカビ臭さと混じりあって、私は祖父の家の押し入れの匂いを思い出す。祖父の友人だというシマモトさんという老人が私にはどうしても怖くて、彼が家を訪れるたび押し入れに隠れたままじっと息を潜め続けていたのだ。息苦しく焦れったい、古めかしい緞帳の内側に満ちる濃密な暗がりの匂い。思わず彼女の手を握った。その手に皮下脂肪は驚くほど少なく、骨そのものの張り詰めた冷やっこさが私の汗ばんだ手のひらをさらりと撫でる。私たちは恋人同士ではなかったが、それぞれが世界に対して張り巡らせた警戒心の不意の弛緩を、お互いに対して遠慮なく曝け出すことができた。傷ついた獣同士が身を寄せあい、互いの溢れ出たはらわたの温もりによって辛うじて暖をとろうとするみたいに。

 

 

博物館は決して大きな施設ではなかったが、ひとつひとつ丁寧に見ていけば一回りするのには優に2時間以上を要した。予想通り私たちをおいてほかに人はなく、そのことは彼女を特に満足させたようだった。彼女はこういった場合に何かの展示を見るうえで自分が納得できるペースをよく理解していて、それはもちろん私も把握していたから、二人は言葉も交わさずに付かず離れずのペースでじっくりと昆虫のずらりと並んだ標本を見て回ることができた。アシナガオトシブミ、テングスケバ、キベリハムシ、クビレツヤアカカミキリ…。一見硬質な外国語の羅列に思えるようなカタカナの名前も、よく読んでみると慣れ親しんだ和語の組み合わせであることが分かる。それはまさに昆虫の身体を象徴しているようだと私は思った。硬い鎧に身を包んだ無機質な外見とは裏腹に、昆虫には私たちと同じ血が通い、臓器の一つ一つが熱を持って連動しながらひとつの生命を運動させている。あるいは、それは私たちとて同じなのかもしれない。

 

 

標本はひとつひとつ丁寧に処理されていて、じっと観察しても不自然に欠けた部分などなく、固有の色彩や形質をもった各個体が最も美しく見えるように心を尽くされていることが分かった。これだけの種類の昆虫を採集し、標本にし、見事な展示物に仕上げるまでに一体どれだけのお金と時間がかけられているのだろう。私はしかしそれを実際に達成させている人が現実にいて、このような形で自分がその一端を垣間見ていることに不思議な心地がした。自分がついぞ選ぶことのなかった人生の可能性を、目覚めながら夢に見ているような気分だった。

 

 

 

【今日の一曲】

EMINEM、ZEEBRAも全部フェイク。ノリアキだけがリアル。金字塔「unstoppable」を引っ提げ、21世紀ヒップホップシーンに彗星の如く現れた孤高の天才アーティストが送る珠玉のジュヴナイル・ソング。