いいよね。
うゆです。
小学生のころ、学校に有名芸能人が来るというのでちょっとした騒ぎになったことがありました。その人は別にその小学生の卒業生というわけではなかったし、何かのチャリティー活動が行われる心当たりもありませんでした。ただある日突然、彼が自分たちの学校へやってくるという噂だけがなんの前触れもなくぽっと現れ、理由や信ぴょう性について特に精査されることもないまま、疫病のように瞬く間に広がっていったのです。
はじめは誰もがそれを嘘だと思いました。なにしろ、先生が朝の会でその噂をデタラメだときっぱり断定したのです。「近頃悪質な噂が広まっているようですが、それは事実ではありません。」その言葉を前に誰が噂を本当だと主張しえたでしょうか?先生までもが明らかに否定した以上、噂はそのまま立ち消えになっていくはずでした。
しかし、話はそこで終わりませんでした。おそらくどこかの誰かがふざけて考えたのでしょう、噂はいくつものそれらしい根拠で脚色され、再度学校中に出回りはじめたのです。給食の献立の微妙な規則性だとか、体育館のバミリの位置が変わっているだとか、大半は至って他愛のないものでしたが、噂が真実であることを裏付けるものとして最も支持された根拠は、その時期から一ヶ月くらいあとに予定されていた学芸鑑賞会の存在でした。それは毎年一回、演劇やらオーケストラやら、外部から何かしらの団体を招いて、彼らのパフォーマンスを観るというイベントで、まことしやかに囁かれていた言説によれば、新型コロナウイルスの影響で農山村留学が立ち消えになったために、今年の卒業生の卒業積立金が大幅に余ることになりそうなので、そのお金で豪華ゲストを呼ぶことにしたということでした。また、それを裏付けるようにして、「子供会で○○ちゃんのママが言っていた」だの、「芸能事務所関係の友達に聞いた」だの、適当な尾ひれもくっついていました。そういうふうにして、学校全体の世論は、噂が真実であると信じる方向へ、少しづつ傾いていったのです。信じない生徒は徐々に少数派となり、噂を嘘だと主張しようものなら肯定派から集団で無視をされたり不名誉な噂を流されたりしました。
驚いたことに、先生たちについて言ってもそれは例外ではありませんでした。それが分かったのはある日の5時間目のこと、クラス担任が生徒全員に手紙用紙を配布し、その芸能人あてに手紙を書くように言ったのです。それは他のクラスでも同じだったようで、この事件が噂に対する私たちの確信を一層強めることになりました。クラスの話題は専ら芸能人のことで持ちきりで、その人が主演しているドラマを全て観たと豪語する女子や、その人に関する新聞記事をスクラップにして本にまとめる男子までもが現れはじめました。とにかくすごい熱狂で、クラスのカレンダーには、芸術鑑賞会の日付のところに大きな花丸がつけられていました。そうしてあっという間に毎日が過ぎ、とうとう待ちに待った芸術発表会の当日がやってきました。