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6/15 ③現象学的エッホエッホ「アンパンマンが粒あんの世界を生きていかなきゃ」

うゆです。これで最後になります。

最後の方に例の動画の悪口が書かれているので、動画が好きな方は気をつけてください。これはフィクションであり、私の意見とはまったく関係ありません。

 

 


 

「どうしてあなたはアンパンマンが粒あんだと伝えなければならないんですか?」

 

女は目を見開いた。まるで私から質問されることを予想すらしていなかったみたいに。

 

「どうしてアンパンマンが粒あんだと知る必要があるんですか?どうして僕なんですか?昼の電車にもあなたは僕の前にいましたよね、そして理由は分からないけれど、あなたは僕以外の乗客を、残酷にも、すっかり消してしまった。」

 

残酷、という言葉に女の瞼がピクリと動いた。僕は続けた。

 

「確かにあなたはアンパンマンが粒あんだと伝えたいのかもしれない。しかし僕がこのように不可解な状態に陥っている以上言い逃れができないことだが、その伝達は今のところ明らかに失敗に終わっている。君がまずここではっきりさせなくてはならないのは、アンパンマンが粒あんであるという情報によって、君が僕に結局何をしてほしいのかということだよ。」

 

「残酷に」

 

女は張り詰めた声で答えた。それは先程発していたような作り込まれた高温とは違って、それよりずっと生暖かく、固有の匂いと揺らぎのある、きわめて人間的な声だった。

 

「そう、残酷に、私はあなたの前から乗客を消してしまいました。それは到底許される行為ではなかったのかもしれない。しかし、それは私がどうしてもやらなければならないことだった。私にしかできないこと。メッセンジャーとして生まれてしまった以上、私は何らかの罪を犯さずにはいられない運命にあったのでしょう。私はそのような神様のいたずらを憎らしく思いこそすれ、決して否定はしません。」

 

やはりこの女だったのだ。今日の異変が、いかに不可解であったとはいえ、曲がりなりにも何かしらの要因をもっていたことに僕は心から安堵した。とにかく僕はこの女を問い詰めればいい。それで何かが変わるわけではなくとも、次に自分のやるべきことは決まっている。人間にとって最大の地獄とは、実は自由の中にいることにほかならないのだから。

 

「私はあなたにアンパンマンが粒あんであることを、たしかに伝えなければならなかった。それはこのようにうんざりするほど複雑に絡み合った世界にあって、ただ一つたしかなことでした。」

 

私たちは、あなたたちの世界で一般的に天使と呼ばれている類の存在です。この物質世界の全ては最小単位である原子同士の結合モデルで捉えられますが、それと似たようなもので、天界では、この世界の「実存」同士が不可分の繋がりをもっていて、実存同士の無限に重なった緊密な結び付きによってこの「世界」というひとつの体が出来上がっているのだと捉えています。つまり、あなたたちはリンゴというものをさらに細分化することでそれを原子の集積と捉えますが、私たちはリンゴを「リンゴという個として存在している実存」として、それを最小単位に数えるのです。ただし、あなた方にとって不可分、あるいは分節困難に思えるようなもの、例えば、海や、森といったような存在は、おそらくあなた方が捉えているのとは全く別の実存の形を私たちは感知しています。ですから、今は人間というものに限ってお話をしましょう。

 

人間はこの世界の結合でも特に異質な性質を持っています。それは、他の事物と同じように無意味な実在としてこの世界に放り込まれてしまったのにも関わらず、人間だけが自分の実在の意味について問うことができるというものです。犬は自分が「ある」ということに疑問を抱くことはありません。木は、風は、海は、「ある」ことをあまりにも純粋に、そして長い間謳歌しているので、やはり自分の実在を省みることもないのです。存在でありながら存在について問える存在とは、この世界の結合の中ではただひとつ人間だけなのです。

 

私たちはそのようにしてある人間同士の結合を常に監視し、過たず管理することを神の任務としていますが、それを続けていると、人間の中にときどき「指示子」が入れ替わってしまう人が出てくることに気づきます。それは、例えるなら、長い文章の中の助詞の使い方が唯一間違っている部分とか、99点をとったテストのケアレスミスとか、それと似たようなものです。つまり、間違いそのものはたいして重要な意味を持ちませんが、間違いがある、という事実そのものが物事全体を決定的に損なわせうる威力をもっているわけです。先ほども申し上げましたとおり、人間は存在でありながら自分の存在について問える唯一の存在であり、その特異性が、この世界の結合にずれを生じさせてしまうのです。あなた方人間はなかなかそれに気づくことができませんが─それに気づき至り、何らかの言葉に残そうと苦心した人々のことを、あなた方は大抵「哲学者」と読んでいます─、それは世界の中にもうひとつの世界をつくる行為であり、この外枠の世界にとっては大変迷惑、というと語弊がありますが、危険極まりない行為なのです。多層的に重なり合った世界同士が互いの真実を誘引しあい、相補性の連鎖的な否定を続け、ついにはふとしたきっかけでその人の中の世界と外の世界とをぐるんと入れ替えてしまうのです。正確にいえば、靴下を裏返しに脱いだときのように、その人自身の精神の内外がまるごと反転してしまうのです。それこそが「指示子の入れ替わり」現象の正体であり、仕組みなのです。

 

ここまでお聞きになれば大方予想もつくとは思いますが、とどのつまりあなたは「入れ替わって」しまったわけです。あなたは非常に内面的な人間で、他人を見下し、否定して退け、自分の狭量な感性に基づいて是とされたごく少数の物事のみによって成り立つきわめて内的な世界を構築していました。その世界と外の世界の、いわば寒暖差は強烈で、老人が出入りしようものならヒートショックを起こしてコロンといってしまいそうなくらいです。それがなにかの弾みで入れ替わってしまったのだから大惨事です。そして、その弾みというのが、ほかならぬアンパンマンの中身だった。我々が監視していたところ、あなたの世界におけるアンパンマンの中身はこしあんでした。臨床潜水心理士が実際にあなたの内面へ潜って、アンパンマンの顔を食べて確かめたのでこれに間違いはありません。どういうわけか、アンパンマンの中身が粒あんであるか、それともこしあんであるかという酷く些細で一見馬鹿馬鹿しいような差異が、決定的な入れ替わりの契機になってしまったのです。そのまま放っておけば、無論あなたはあなたの内側の世界を外側だと誤認したまま二度ともどってくることができなくなりますし、何より、その失踪が世界にとっての絶対的なひずみとなり、この世界の結合そのものをまるきり分解させてしまうグラウンド・ゼロになる恐れがありました。そのため、我々天使は知恵をつくし、あなたが目にする可能性のある若者向けのSNSや動画配信サービスで私たちのメッセージ動画を配信し続けました。実をいえば、これは「2ちゃんねるコピペ集」や「あなたも明日から人気者 面白雑学100連発」といった類の愚にもつかないカストリ本のなかに収録され、それを昔の、そのような本を愛好していたあなたも目にしていたはずなのです。しかしやはりその情報はあまりにも瑣末で、なんの意味も理由もなく、吹けば簡単に流れて行ってしまう類のものだったために、あなたが記憶することはありませんでした。今回の動画もそうです。誰かの作りだした空虚な呟きに安直な節を加え、珍妙な歌とダンスで陳腐な雑学を紹介するだけの、便所の紙ほどの価値もない病気のロバのような、比較的すみやかに人を苛つかせることができるということだけが取り柄の無意味な動画です。それは話題を呼びました。本来このような動画が流行るような理由などどこを探してもありませんが、私達も切羽詰まっていたので、あなた方には理解しようのないいくつかの細工を施し、それでようやくヒットにこぎつけたのです。しかしそれでもあなたはあなた自身の中に眠るアンパンマン像の誤謬について気づくことはない。私たちは焦りました。これはいつもの「指示子」異常のケースとは決定的に違っている。これほどまでに頑固で、狭窄的な視野を誇らしく高々と掲げもった、傲岸不遜で愚かな人間などこれまでに存在しなかった。今でも時間は刻々とすぎています。世界の崩壊まで、あと30分かそこらもないでしょう。それくらい追い詰められていたから、私たちは内的世界と外的世界の反転というアイデアをあなたに芽生えさせるために強硬手段を用いなければならなかった。それが、昼の中央線での出来事だったのです。これが起こったことの全て、あなたが求めていた答えの全てです。私たちにできることはもうありません。あとは純粋にあなた自身の問題、あなた自身が自分の世界の転換という事実をいかに直視し、それを恢復できるかどうかにかかっています。

 

 

女は口をつぐみ、西洋人のような黄褐色の美しい瞳でまっすぐに私を見つめた。今やもう、彼女に語るべきことなどひとつもないのだ。はっきり言えば私は彼女の言ったことを一度きいただけで全て理解したわけではなかった。むしろ分からなかったことの方が遥かに膨大だと言わざるをえないだろう。彼女が天使だということも、私の内面が彼らにはすべて筒抜けだということも、私一人の「指示子」の反転によって世界がまるきり崩壊してしまうことも、何一つ実感をもって迎えられたわけではなかった。しかし、最も重要なことは、彼女が決して嘘を言っているわけではないということだ。彼女の発言に何一つ嘘はない。その確信は私を何より素直な気持ちにさせた。恐らく、世界にとって私一人の「指示子」が反転したままになってしまうということは、すなわち今の私にとって、彼女の発言にほんの小さな嘘がたったひとつだけ混じることと同じことなのだろう。嘘の内容は重要ではなく、嘘があるという事実そのものによって、全体は途端に全く意味をなさなくなってしまう。

 

「あとは僕自身の問題」

 

私は言った。

 

「僕の世界の問題」

 

「その通りです。」

 

女は頷いた。

 

「僕は僕の信じていた世界が全て僕の個人的な世界に過ぎなかったことを認めなければならない。」

 

言いながら私は涙を流していた。これほどまでに痛々しく、不安な気持ちになったことは生まれてはじめてだった。

 

「それはつまり僕の見ていた世界が全て僕の夢だったことを認めることと同義だ。僕が誰かと何かを話したり、素晴らしい思い出を共有したり、それでその人と熱い夜を過ごしたり、そういった事実は全部誰の思い出にも残らない僕の中だけの幻に変わってしまうんだ。反対に、僕が僕だけのものとして大切に考え、積み重ねてきた思想は、実は僕のものではなく、外の世界のあらゆる結合によって生み出されたみんなのものに過ぎなかったのだ。みんなのものであってほしかった体験は全部僕の見た幻で、僕だけのものであってほしかった思想はすべてみんなのものだった。こんなに悲しいことがあるだろうか。こんなに、こんなに悲しいことが。」

 

私は号泣し、身体を夜天の全体に捧げるように両手を広げ、膝をついた。今から私はこの世界の全てを抱きしめる。そして、心のすべてを失う。そうしなければ、ならない。

 

出来事はこのようにして起こった。私は今、まるで母親が産み落としたばかりの嬰児の乳に夢中で吸い付くみたいに、私のものだったはずの世界に包まれて、失意にまみれた空虚な心に新しく、今度こそ私だけの思想を紡ごうと苦心している。アンパンマンは粒あんだ。こしあんではない。私は傷だらけの晴れやかな顔で夜の明けかけた窓の外を見つめた。淹れたての紅茶はひどく熱く、思わずテーブルに置いたカップの中身を飼い猫がごくごくと飲み始めていた。

 

エッホ エッホ エッホ エッホ…

人間以外は猫舌って…

 

 

 

長い間付き合ってくださりありがとうございました。

合言葉は「さかなクン」です。店頭で伝えていただくと、うゆから素敵なプレゼントがあります。