超絶可愛い女装メイドの居るお店
男の娘カフェ&バー NEWTYPE
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6/14 ②現象学的エッホエッホ「アンパンマンは粒あんという事実を受け入れなきゃ」

うゆです。続きです。

 

 


 

大学のカフェテリアで私は友人のKにその話をした。

 

当然Kはまともにとりあおうとはしない。もとより彼はリアリストなのだ、つまりはリアリストという名の理想主義者だから、彼の現実に今回のようなケースが存在するわけにはいかないのである。

 

「僕は気のせいだと思いたいわけなんだ、その方が話も早いしシンプルだからね。だけどもね、あの不思議な呪文のような声が耳について離れないんだよ。それで僕はそのことにどうしても向き合わなきゃならなくなるんだ。まるで名探偵みたいな真実への義務感と、子供みたいな好奇心が綯い交ぜになってね」

 

「ふぅん」

 

「一体全体常識的に考えて電車の乗客がすっかり姿を消してしまうなんてことがあっていいんだろうか。」 

 

「あっていいわけがないね。当然のことながら。」

 

私はKを上目遣いにじろりと睨む。彼は意に介さず濃縮還元のりんごジュースを飲んでいる。

 

「なぁ、もう少し真面目に聞いてくれないか?友達がこうして困っているわけなんから。」

 

「僕は至って真面目さ。ただ、僕にとって本当に問題なのは、果たして君も僕と同じかそれ以上に真面目でいてくれているのかということだよ」

 

「僕の方こそ真面目だよ。大真面目だ。この謎が解けないことには、僕はこの先自分の生きている世界が果たして夢なのか現実なのか、はたまたそのどちらでもないのか、一生疑い続けながら生きていかなきゃならないんだから」

 

Kは口の端に冷酷な笑みを浮かべた。

 

「そもそも生きることは疑い続けることだよ。思想は疑うことを出発点として生れ出るものだ」

 

「本当にそうだろうか?例えば、数学者が1という数字の定義を根本から疑いだしたら、この世には数学もなにもあったものではないだろう?」

 

私たちは睨み合った。これでは埒が明かない。私が知りたいのは昼の出来事の真相、それだけなのだ。決して人生の本質が信じることと疑うことのどちらにあるのかというなんの意味もない命題なんかではない。

 

「もういいよ。君に話した僕が間違っていたよ。その代わり、何か真相が分かっても君に言うことはないからね」

 

Kは片方の眉を釣り上げて、頷いた。

 

「それならそれでいいさ。君は君で真相を考え続けることだね。まぁ、推理小説っていうのは結局は保守性の再確認に過ぎないんだよ。」

 

「何が言いたいんだ」

 

 

「いやね、犯罪とか怪奇現象とか、探偵が探すのはいつも完成された都市文明に突如穿たれる予測不明の穴の正体なんだ。彼らの役目は、それを一刻も早く探し当てて、正体を突き止めて、蓋をしてしまうことにあるわけさ。彼らは探偵だ。探偵である以上、事件を解決しないといけない。事件の犯人がちっとも分からないまま終わる推理小説なんて、君読みたいと思うかい?とどのつまり推理小説というのは解決されることを前提につくられている。それは都市文明の暗闇を余さず照らし尽くし、「我々に分からないことなどひとつもないのだ」と宣言する所詮予定調和のイレギュラーにすぎず、読者が文明の偉大さを再確認するための保守的な装置でしかないんだよ。」 

 

 

Kは飲み終えたりんごジュースのパックをつまらなそうに潰しながら言った。

 

 

「君も同じだ。君も君の中の名探偵に依頼してこの不可解な穴の在り処と、その正体を突き止めようと躍起になっている。君の世界の絶対性を未来に対して保証するためにね。未来はそれを見て、対価として君の今後に理性を融資するんだ。だがしかしどうだろう。君の内なる名探偵がやっとこさ見つけたその穴が、彼の力では到底埋めようもないくらい深かったり、理解をはるかに超越したりしていた場合、もしかしたら君の理性は今度こそ完全に失われてしまうのじゃないか?その可能性に対峙する勇気と、リスクに見合うだけの報酬があるとでもいうのかい?本当に君は真相を突き止めていいんだろうか?」

 

 

気分が悪かった。私は返事をしないまま席を立った。ちょうど四限が終わる時刻で、広いカフェテリアを群れた学生たちが賑やかしながら歩いている。夏が近づいていた。外はまだ明るく、よく整備された芝生が太陽の光をうけて青く光っていた。しかし、私の頭の中には、今しがたKが言った言葉が、粘着質の呪いとなっていつまでもぐるぐると回り続けてい、それが下降する内向きの螺旋階段のように、私の決意をどこまでも暗く濁らせていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

本当に君は真相を突き止めてもいいんだろうか?

 

私は帰りしなに学校の図書館で演劇に関する資料を数点借り、近くの家系ラーメン屋で腹を満たしてから帰路に着いた。昼のこともあり、電車に乗るのは少々気が引けたのだが、幸い2回乗り換えた電車のいずれでも同じようなことは起こらなかった。

 

最寄り駅に着いたのは6時を少し過ぎたころだった。さすがに日はほとんど落ちていたが、とっぷりと、というほどでもなかった。長袖のTシャツを肘の方まで捲る。日中嫌というほど日に晒されたアスファルトの熱が足元からゆっくりと立ちのぼって発汗をしきりに誘っていた。古ぼけて軋む無灯火の自転車に乗った中年の女がすれ違いざまにチラリと私を見る。川の水位が朝より高い。橋の欄干に忘れ去られた釣竿が流れに合わせて時折揺れる。歯科助手の女が歯医者の駐車場に進入禁止のチェーンをわたしている向こうから、国道でバイクがエンジンをふかす音が聞こえた。

 

Kは─私は渋々認める。彼はおそらく正しい。私はこれ以上あの出来事に首を突っ込むべきではない。考えたところでどうにかなる問題ではないし、おそらく真相に近づけば近づくほど私は何かしらの形で大切なものを失ってしまうことになるだろう。私の眼前に一瞬だけ現れたあの女。耳について離れない声。彼女が私か、あるいは他の乗客に何かしらの作用を及ぼしたのは間違いないだろう。私は自宅のあるマンションに向かうまでの道のりで深く考え込んだが、結局何一つ納得のいく答えは絞り出せなかった。長袖のTシャツは汗ばんでいた。私はマンションについた。そこに女はいた。

 

エッホ エッホ エッホ エッホ …

 

国道沿いのよく整備された広い歩道の向こうから、密度を増しつつある暗闇を突き破って女の白いシルエットがまっすぐに私の方へ近づいてきた。間違えようもない、昼の中央線で私の前に一瞬だけ現れた女だった。両脇を開き、握りしめた拳を地面に向けて肘を直角に曲げた奇妙なポーズのまま、女はがに股の不格好な足取りで少しづつ進んでくる。彼女は全身を白く長い毛並みの服で包み、ご丁寧に頭にまで白い頭巾をかぶっている。眉毛にはちょうどMの字に切り取られ黄色い油性ペンで塗りたくられたボール紙を貼り付け、顔にはとってつけたようなわざとらしく強ばった笑みを浮かべていた。それは何らかの鳥類を模した儀式的なポーズのようにも見えた。私は20世紀のミャンマーで勃興したガルーダの信仰運動のことを思い出す。この女は、ひょっとしたら、どこかの宗教の霊媒か何かなのかもしれない。

 

エッホ エッホ エッホ エッホ …

 

そう、私にとって何より明らかだったことは、これはもちろんはじめからずっと示されていたことではあったが、例の呪文のような声が他ならぬ女の口から発せられているということだった。女は儀式的な動きを続けながら遅鈍なペースで国道沿いの歩道を私に向けて近づいて来、その間は何があってもエッホ エッホという呪文を決して途切れさせることがないのだった。いつかこの詠唱が終わりを迎えたとき、または何らかの理由で中断せざるを得なくなったとき、女はこの儀式を次のフェーズへと進め、私をこれ以上取り返しのつかない領域へと連れ去ってしまう代わりに、今日の出来事の真相の全てを惜しげもなく示してくれるのだろうか。

 

私は恐怖で固まり、一方では決意に震え立ってもいた。真実を知るチャンスは思ったよりも早く訪れた。Kの言う通りこれがいかに危険な賭けなのだとしても、私は真実を知る方を選びたいと思った。それは半ば意地であり、性癖であり、尊厳のための呼吸だった。私は女が近づいてくるのをじっと待った。互いに目はそらさなかった。

 

エッホ エッホ エッホ エッホ…

 

つま先が触れた。女は私の目と鼻の先、というより文字通り目の前にいた。私たちは互いの鼻息が互いのまつ毛をくすぐるくらいの距離で、しばらくの間見つめあっていた。そして女が詠唱をとめる。私は彼女の口が何らかの次の運動の気配を示す兆候を少しでも見逃すまいとして脂汗の侵入しかけてヒリヒリと痛む目を精一杯開いたまま女の顔を穴のあくほど見つめていた。女は美しい目をしていた。日本人のそれではない、透き通った黄土色の目。そのみずみずしい揺らぎの中に固く口を引き結んだ私の顔が映っている。女の肌に無数に穿たれた毛穴の陥没、白く浮いたファンデーション、目尻の細かいシワといったもののすべてを、その刹那の対峙の中で私はつぶさに観察し、彼女が紛れもなく運動し、代謝し、果ては老衰する肉体をもった生物であることを確信しようとした。そう、彼女は確かに人間だった。しかし、それだけでは説明のつかないえも言われぬ違和感のようなものも確かにあったのだ。見つめあった長い長い数秒間、私は思考を決して止めなかった。何億という可能性に突き当たり、そのたびに挫折し、しかし懸命に真実に立ち向かい続けた。そしてようやく万策が尽きたと思い、少なからず悲観し、身動ぎもしないまま立ち塞がる彼女に敗北の意を伝えようとしかけたとき、そんな私の意図を知ってか知らずか、彼女はとうとう口を開いたのだった。

 

 

「アンパンマンは粒あんって伝えなきゃ」

 

 

「…は?」

 

「アンパンマンは粒あんって伝えなきゃ」

 

意味がわからなかった。

 

─ 本当に君は真相を突き止めてもいいんだろうか?

 

Kの言葉。私がこの期に及んでようやく掴み取った唯一の真実とは、結局私は真実など理解することができないというただそれだけのあっけない現実にすぎなかったのかもしれない。この女はどうして私にアンパンマンが粒あんであることを伝えなければならないのか、そもそもどうして私なのか、私はそれを知って結局何をすればいいのか。右が左に、左が右になった、支離滅裂な不可解の迷宮に足を踏み入れて、私はそこから一歩も動けないままでいた。そのとき自分が何を感じていたのか、それは今でも自分の言葉では上手く言い表すことはできない。困惑、焦燥、悲愴、失意、きっとそのどれもであり、どれでもなかった。私の不可解への旅はここで終わるのでなく、むしろここから始まるのだ。眼前で幾重にも絡まった謎と、わけもなく身震いする私の身体。その感覚は私を暗くおぞましい決意で満たし、冷静な怒りに奮い立たせた。そしてそれは私に確かな勇気を与える。一瞬の逡巡ののち、私は意を決して尋ねた。

 

 

 

 

 

 

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