うゆです。
読み切りサイズと言った矢先に長くなってしまいました。このところ心身ともにすぐれず、更新も途絶えてしまいました。申し訳ございません!
ちなみに今回のは7000字程度と長いので読まなくても大丈夫です。
何日か前の夜に金縛りにあってから、ずっと夢とも現実ともつかない曖昧な感覚が続いている。現実の中に夢の一部を持ち込んでしまったような、つまりは現実にいながら夢を見、それでいて夢の中でも妙に鋭い実在の痛みを感じているような、逃げ場のない呼吸の欠乏した感覚。
理由もなく総毛立ち、厚ぼったく膨張した肌のせいで外に出ても今日が暑いのかも寒いのかも分からず、目は常に半分閉じて不快にむず痒い。町内掲示板のどんよりとした空白が大きな口を開いて油断した通行人を呑み込もうと目を光らせ、墓地に面したつまらないT字路のミラーは町であって町でない町をまちまちに映している。大きな欠伸をしながら歩く私の横を10トンダンプが老いた男の怒号のような音をたてて通過すると、あとにはセメントの湿った土のような匂いだけが残ったが、それはすぐに生ぬるい風の運んでくる川の腐ったような匂いに吹き流された。川べりでサメが死んでいるんだ、すれ違いざまに赤い法被を着た男がボソボソ呟いた。振り返ると、空じゅうに薄く張った雲の影になって薄暗い午後の町に、男の背中は使い古しのマットレスの上に落ちた血のようになって汚らしく滲んでいた。
嵐の予感、天地を揺るがすほどの雷鳴に神の存在を確信した幼い日のある夜、私は宿題をすませないで床に就いた。次の朝にはどうせ世界なんて終わっているんだから。天の怒りに一晩で瓦礫の海原と化した世界を、自分の眠るこの部屋の小さな直方体だけがぷかぷかと浮かんでいる夜明けの風景を私は想像した。おやすみ、また明日。ぬいぐるみにそれだけ告げてぎゅっと抱きしめた。それは私が生まれて初めて決意とともに放った別れの言葉だった。ぬいぐるみの毛並を揺らす自分の寝息に混じって、ドア越しに両親の何か激しく言い争う声が微かに聞こえた。
次の日、宿題のことで放課後まで残された私は、すでにひとけの絶えた通学路を一人で帰っていた。何ひとつ変わらない県道沿いの景色。世界は私が思うよりはるかに強固だったらしい。少なくともあれしきの嵐で崩れ去ってしまう程度のものではなかった。友人はとっくの昔に帰っていた。時折自転車に乗った小学生が反対方向にすれ違っていく。まだみじめにも名札をつけているのは私だけだった。パンパンに詰まった体操服の袋を繰り返し蹴りあげながら、私は家までの長い道を、帰った。
路地裏に漂う微かなプロパンの匂いに気づいたとき、私はあの日の帰り道の風景を、恐ろしいほどはっきりと思いだした。それは記録映画のようになって、少なからず編集された記憶ではあったが、しかし確かに私が脳の片隅に長い間保持していた風景だった。あの日も、私は今日と同じ色の空の下で、このプロパンの空々しく甘ったるい匂いを嗅いだのだった。
2人の男に話しかけられたのは、廃業してしばらく経つ個人経営の学習塾の前を通りかかったときだった。窓に貼り付けられた「冬季講習」のポスターが埃っぽいガラスの内側で寂しく色褪せているのが見えた。
「君、何年生?」
鷹揚に近づいてくる2人のうち、背の低い金髪の方が話しかけてきた。彼が笑うと口の端に汚らしい銀歯がちらりとのぞいた。私は身構えてランドセルの肩掛けを握りしめた。そのまま目を合わせないように俯いて足早に歩き去ろうとする。しかし男たちは私を逃がすつもりはないようだった。もう1人の、黒髪のニキビ面が前に立ち塞がってくる。動画でも撮っているのだろうか、彼は私に携帯電話を向けている。私は身をすくませて思わず立ち止まった。恐怖のあまり喉が詰まって声も出せない。
「なんもしない、なんもしないよ。だから何年生か教えてよ。」
金髪が肩越しに私の顔を覗き込んで言った。鈍重な一重まぶたの細い目の奥で暗い光が抜け目なくちらついている。もう逃れる術はなかった。私は大人しく、しかし慎重に、指を2本立てて胸の前にかざして見せた。学年くらいなら大丈夫だ。クラスと名前さえ言わなければいい。先生や両親の顔が脳裏に浮かんだ。
「2年生か。名札は赤色なんだね」
私は慌てて胸の名札を引っつかんだ。名札のことをすっかり忘れていた。これを見られたら名前もなにも全て分かってしまう。私の狼狽に気づいたのか、金髪は朗らかに笑った。
「いや、別に悪いことはしないったら。ちょっと話したいだけなんだよ。なんなら名札を外したっていいよ。ほら。」
彼らの意図が掴めず、私は困惑したまま、彼らに見えないように名札を外してポケットにしまった。昨晩服につけたまま洗濯機に入れてしまった名札は湿っていてまだ少し冷たかった。身を縮めたまま地蔵のように硬直した私を面白がるように、2人は距離を詰めて私を完全に取り囲んだ。頭上から忍び笑いが聞こえる。
「俺たち別に誘拐犯じゃないよ。誘拐って分かる?攫っちゃうことね。」
金髪が言うと、そんくらい分かんだろ、と黒髪が笑う。
「それでね、俺たち、ただ見てほしいものがあんのね。別に誰でもよかったんだけど、たまたま君が通りかかったからね、それで声をかけたんだよ」
「写真が5枚だけ。ただそれだけだよ。大学の研究で使うんだ。君たちでいう街探検みたいなものでさ、別に悪いことじゃないよ。」
そうなのさ、というように黒髪が私の肩を軽く2回叩いた。私は顔をあげた。彼らの顔は曇り空と一体になって恐ろしい惑星のように見えた。
「見たらそれでいいですか。今日は塾があるんです」
私はようやく声を絞り出すことができた。これは本当だった。それに昨夜のことがあって塾の宿題にも手をつけていなかったので、一刻でも早く家に帰って進めておきたかった。国語教師の脂ぎった顔が怒りに歪むのを私は想像した。─なんのために塾に来ているんですか?親御さんは馬鹿ですよ。こんな子供に金を使ってね。背後から爛々と向けられる30個の眼差し。そのときの私がもっとも恐れていたのは塾で一番下のクラスに落ちこんでしまうことだった。私は死ぬことよりも惨めであることの方がずっと恐ろしいことだと思っていた。
「偉いね、もう塾に行っているんだね。」
金髪が猫なで声で言う。塾か、懐かしいな、黒髪が指先でニキビをいじりながら呟く。癖になっているのだろうか、いくつかのニキビはすでに潰れ、先端からは血の雫が漏れて玉のようにぷっくりと張りつめている。
路地は静かだった。私たちの他に誰の姿もない。夕闇が忍び寄ってきていた。冷たい風が横から吹きつけると、軽い音を立ててアスファルトを引っ掻きながら数枚の枯葉が道の向こうへと流れていった。
私の沈黙を肯定だと解釈したのか2人は互いに素早く目配せした。黒髪が肩掛けのトートバッグからラミネート加工された写真のようなものを、裏返しになるよう慎重に取り出して金髪に渡す。その裏にはボールペンで番号がふってあった。
「見たら終わるからね。ありがとう。それじゃ、今から俺たちが見せる写真、5枚あるから、それぞれに感想を言ってほしいんだ。いいかな?」
私は仕方なく頷いた。もう早く終わってくれさえすればそれで良かった。金髪はにっこりと笑って頷くと、まず一枚目、と言って裏に1と書かれた写真をひっくり返して私に見せてきた。
1枚目は果物の写真だった。水のないプールか何かだろうか─少なくとも私にはそう見えた─薄青いタイル張りのツルツルした床に4つの果物、右からバナナがふたつ、リンゴ、等間隔に並べられた3つから少し離れてまたバナナが置かれている。全体的に暗い感じのする写真で、果物の色彩もどことなくよどんでいる。私にはそもそもこれが絵なのか実写なのかも分からなかったし、意図も不明だった。困惑して眉をひそめる私に、何でもいいよ、と金髪が促した。よくわからないです、と言うと、金髪は特段残念そうな素振りも見せず、そっか、とだけ呟いた。
2枚目はトルソーの写真。真っ白な部屋に黒い男型のトルソーだけがポツンと置かれている。よく見るとトルソーの下には小さいクロス(布)のようなものが敷いてあるのだが、私にはその柄を判別することができなかった。私は再び分からないと答えた。やはり金髪は何も言わなかった。黒髪は相変わらずニキビを潰している。
そして3枚目の写真を見たとき、私は激しく動揺した。それは明らかに私の通っている小学校の校舎で撮られたものだったから。呼吸が荒ぶるのを抑えきれないまま顔をあげると、目を見開いて私を凝視する彼らと目が合った。瞳孔の異様に収縮した無感情な獣のような目だった。先ほどまでとうってかわってその顔にはなんの表情もない。心臓が大きく跳ねた。みぞおちの奥が空っぽになって、氷水を流し込まれたような不快な冷たさでいっぱいになった
それで、と金髪が冷たい声で言った。なんか言えよ。私は泣きそうになりながらなんとか写真を見た。
恐らく図工室の前の廊下だ。それは校舎の最も奥まったところにあって薄暗い。教室側の壁には過去の卒業生が彫ったのらしい自画像のレリーフがずらりと飾ってあって、もう片側の壁にはトイレのドアが2つ並んでいる。切れかけた蛍光灯が鈍い光を廊下に投げかけ、割れたタイルの陰影がくっきりと浮き彫りになって目眩を誘う。突き当たりになった廊下の奥にはガラス棚、静物画のデッサンに使うボトルや動物の頭骨などが並べられ、窓越しに差し込む光を受けてそこだけ妙に白く浮き上がって見える。ただそれだけといえばそれだけの写真だ、それでも私は恐ろしくて仕方がなかった。なぜ彼らがこの写真を持っているのか。果たして彼らは何を知っているのか。
私は恐怖を必死で押し殺しながら分からないと答えた。実際、何も分からなかった。何を言えばいいのかも分からなかったし、何を言ってはいけないのかも分からなかった。私は残る2枚の写真を見るのがただ怖かった。しかし逃げ出そうにも足はすくんで言うことを聞かず、助けを呼ぼうにも収縮して固まった喉からはほとんど嗄れ声のようなものしか出てこなかった。
4枚目。それはやはり私の学校の中で撮られたものだったが、しかし私のもっとも恐れていたものではなかった。私は彼らがあたかも怪談のメリーさんのように、写真を通して少しづつ私そのものに近づいてくるのだと思っていて、4枚目には私の使っている教室や持ち物が写っていると予想していたのだった。ところがそこに映っていたのはただの校庭の写真だった。私はそれで少しだけ安堵した。
生徒たちの間では「森」と呼ばれている、鬱蒼と巨大な木の林立したエリアで、ジャングルジムや小山の滑り台が置かれている。写真の中央には半分埋まった色とりどりのタイヤが写っていて、その上を女子生徒がバランスをとりながら渡っている。木立の向こう側には冬の昼下がり特有の澄んでいるが明度の決定的に不足した空が広がっていた。しかし女の子が着ている赤いTシャツは半袖だった。
女の子です、私は言った。でも僕はこの子のことは知りません。休み時間にはこの子と同じようにタイヤ渡りをして遊ぶことがあります。
2人は無表情のまま頷いた。金髪の手もとに残っている写真は1枚。彼らに表情はない。そのとき、私は黒髪の男に目をやり、彼がまだ動画を撮影するように携帯電話を私へ向けていることに気づいた。私は液晶の画面の内側に保存された私自身の姿を想像した。ランドセルを背負い、体操服のはいった袋を不安定に腕に提げた少年。袋が少年の身じろぎするのに合わせて揺れるたびに紐は肌にくい込んで擦れ、少年の腕はひりひりと痛々しい赤色に変色している。少年が戸惑ったようにキャメラを見つめる。その滑らかだが未発達でおぼつかない口元からこぼれる言葉は「分からない」「分からない」…。彼は自分がなぜ撮られているのか、なぜ質問されているのか、そのどれも分かってはいないし、彼を外側から観察している我々は彼の知らないことの全てを当たり前のように分かっている。何も分からないこと、そしてそれを自分の力ではどうにも打破しようのないこと!空想のキャメラを通して自分自身へ鋭く差し迫ってきた実感は私をおおいにおののかせ、そしてそのときの私の人生においてははじめてと言ってもいいほど肉感的に構築された歪な自意識の生々しい手触りは、私の発展途上だった尊厳の感覚をこれまでになく辱め、ズタズタに引き裂いた。僕は見られている、僕は試されている、僕は笑われている!全身から汗が吹き出すのが分かった。それを吸った肌着がべっとりと張り付いて、生物的な湿度のおぞましい重量で私をきつく、きつく抱擁した。私はクラスメートのK君のことを考えた。かねてより担任の女教師と折り合いの悪かった彼は、彼女の卑劣なはかりごとによって、図工の時間に何の情熱もなく制作した、誰の目に見ても出来の悪い珍妙な粘土のトーテムポールをクラス代表として展覧会に出品されることになったK君。はじめは首を傾げながらもなお純粋に誇らしげな表情を見せていた彼も、周囲の評判を耳にするにつれて徐々に塞ぎ込み、もう二度と図工の時間に何かを作ろうとはしなくなってしまったのだった。ただ破壊するためにのみ尊厳の所在を掴まされ、目の前で為す術もなくそれを破壊されること。それは少年たちにとっては単なる喪失にとどまらない、計り知れない恥辱の記憶と結びついて彼の生涯を支配し続けるのだ。
両手の平で目を覆った。力を込めた掌底で自分の眼球をぐっと奥へ押し込む。くぐもった暗闇の中に火花が散り、ひとつひとつのエネルギーが連鎖して小さな嵐になる。待ち望んでいた嵐が来た、しかしそれは私以外ではなくほかならぬ私をのみ破壊する嵐だった。そして私は理解した。5枚目の写真を見まいといくらもがいても、時はすでに遅すぎるのだということに。最後の写真、それは自分に向けられたキャメラを通して空想する自分自身の姿だったのではないか?大人の戯れに弄ばれ、抵抗も虚しく狼狽し、なんの脈絡もなく押し付けられた運命を受け入れるほかなくなってしまった汚い犬、それが少年の私だった。気づいたときには全て終わっていたのだ、私はその瞬間から自分の長い生涯のほぼ全域に影を落とすであろう正体不明の巨大な魔物の存在を想像した。
私は駆け出した。薄暗い路地を抜け、微かに昼の陽の残る大通りへ。体力の続く限り夢中で走りながら、私は同時に黒髪の携帯電話のレンズが捉えているはずの私自身の哀れな後ろ姿のことを考えていた。そして長く苦しい運動の末、ようやく大通りに出ようかというまさにその瞬間、私はラーメン屋の脇に据え付けられたあのプロパンの匂いを嗅いだのだった。
あれは10年以上も昔のことだった。あのとき仮に逃げ出さずに5枚目の写真を見ていたら、その場合の私は今のこの自分とはまた大きく違っていたのではないだろうか?時々考えることがある。彼らは本当に無邪気な大学の学生だったのかもしれない。5枚目の写真には何の変哲もない風景が映されていたのかもしれない。考えることは尽きないが、ただひとつ言えることは、私は結局写真を見ないことを選択し、その結果最後の写真を自己認識の歪んだ像として自分の中に永遠に固着させてしまったということだ。あれ以来私は自分に向けられた他人の目の中にあの戸惑った少年の姿を浮かべずにはいられないのだし、それはまた私自身に再び投影され、現在の私もなぜかその姿に積極的に同調しようとしてしまうのだった。
現実が何か分からなかった。町内掲示板が前を歩く小学一年生を丸呑みにした。T字路の鏡は隣町の風景を映している。銭湯の高い煙突からぷうっと吹き出した雲が渦を巻いて巨大な目を形作った、その視線は今も私と私の住む街全体に怪電波となって降り注いでいる。あたり一面にうっすらとガスの煙が立ち込め全てをつまらない灰色にしていた。喉が渇いたな、と私はなんとなく思った。
駅へ向かう小さな橋を渡るとき、水位の減った川を、低いモーター音とともに一艘の小型船が走ってくるのが見えた。船の狭いデッキにはそれをちょうど埋め尽くすくらいの大きさのサメの死骸が乗せられている。船は私のいる橋の下をくぐり、そのまま停止することなく海の方へと走り去っていった。強く吹き付ける海からの風に前髪を散らしながら、私は目を細めてその光景をただ長いこと見つめていた。海上のひらけた空の上にさえ、雲の切れ間はどこにも見えなかった。
今日のアルバム
The Beatles『The Beatles』(ホワイトアルバム)
白版。ビートルズのベストアルバムの話は楽しい。もちろんこれも候補に入ってくる。そもそも曲数が多くて楽しいし、収録曲のひとつひとつのクオリティも高い。私のお気に入りはジョジョのホワイトアルバムの技にもなっている「While my guitar gently weeps」(これはジョージが作曲した。somethingといい私はジョージの作った歌が好きだ。)「I’m so tired」(ビートルズのハーモニーの真骨頂。インド修行時代の寝不足を歌っていて、歌詞はどうでもいいのに曲が綺麗すぎる)「Sexy Sadie」(これもハーモニーが綺麗。これも歌詞がインド時代の師匠の悪口でひどいのに曲がいい。小学生のころ好きだった本に出てくる犬の名前がセイディだった。それでこの曲を知った。)「Happiness is warm gun」(ハモ綺。歌詞好。このころのジョンの、丁寧さと感情の調和したヴォーカルが圧倒的によい。)「I will」(YouTubeに外国の女の子が弾き語りしている動画があって、それがお気に入り)。
全体的にハーモニーが綺麗で、ビートルズの魅力が技法や方向性以前に、まず歌の美しさにあることを思い出す。ちょうどインド修行時代に作られたアルバムなので、オブラディオブラダとかセクシーセイディとかストレスの溜まっていそうな曲が多く、白版なのに一番人間臭くていい。中学生のころは「Revolution 9」が怖すぎて1人でトイレに行きたくなくなったことがある。
ういなさん生誕。
ういなさんには海賊の友達が2人いる。
ホラーイヴェント。
一日ごとに妖怪を一人お呼びします。
初日は「垢舐め」。垢を舐めてもらおう。
せりにゃん生誕。
20歳!せりにゃんとお酒を飲めるんだね。
すごくいい。
占いによると、せりにゃんは今年中にミニブタを6匹飼い始める。